« 16期同窓会が開かれました。 | メイン | 学年朝礼 »

2014年11月16日 (日)

若き薩摩の群像(3)人物編②中村博愛

2人目に紹介する「中村博愛」は,アミュ側2段目の左側に手を上げて立っている人物です。「なかむらはくあい」と読みが付けられているものと「なかむらひろなり」と書いてあるものもあります。


市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)

中村博愛 留学に当たっての変名:吉野清左衛門 出発時25歳
化学を学ぶ。留学の翌年1月渡仏,3年間フランスで留学生活をしたのち明治元年(1868)年帰国。藩開成所のフランス語教授,のち公使(オランダ,ポルトガル,デンマーク)として外交官になる。


さらに調べてみるとこのような人物だったようです。
天保14年(1843)旧根占町に生まれる。
長崎遊学時,英学専修。蘭医ボードウィン門下生。
渡英後,ロンドン大学で化学を学ぶ。
その後フランス人貴族モンブラン伯爵の世話でパリに渡りフランス語を習得する。
明治元年(1868)5月に帰国後は薩摩藩開成所のフランス語教授となる。
1869年山縣有朋,西郷従道らのヨーロッパ視察にフランス語通訳として同行。
以後政府に出仕して外交官となりフランスのマルセイユ領事,デンマーク公使など欧州各国に派遣され,外交の実務家としてすぐれた功績を残す。
貴族院議員。明治35年(1902)10月30日死去。60歳。


今日本ではグローバルな活躍ができるよう若者の成長が求められていますが,フランス語が得意で外交官として活躍した中村博愛は,まさにその先駆者といえるかもしれませんね。

H_nakamuraw_3

H_nakamura_pw_2

H_nakamura_haitiw_2

 

 

 

 

 

カテゴリ