3月16日付の南日本新聞朝刊に,4回目の「欧州便り」を寄稿させていただきました。
写真下:ロカ岬を描いた水彩画
写真下:ロカ岬の石碑の横で(この日,踏んばらないと飛ばされそうなくらいの強風でした)
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2月,私はポルトガルのロカ岬に立った。真冬の大西洋は厳しい。強烈な風が絶え間なく吹き,波は渦を巻いて白いうねりとなって岬の断崖に打ちつける。ユーラシア大陸最西端に位置するここは,極東の日本から見てまさに「最果て」の地だ。眼前に果てしなく広がる大海原を眺めていると感慨深いものがあった。
留学中,フランス国内はじめヨーロッパ各地を歩いた。どの美術館でも素晴らしいコレクションに舌を巻いた。世界的に知られた史跡の数々には胸打たれ,古代の人々に思いをはせた。行く先々でスケッチをして,美しい風景を目に焼き付けた。
しかし,時に,これといった特別な理由なく,漠然と「あそこへ行ってみたい」という好奇心からの旅もあった。きっかけは,ある本の一節のことがあれば,地図を眺めていて地名が目に止まったということもある。一度気になったら忘れることができず,その場所の勝手なイメージだけがどんどん膨らんでいく。ロカ岬もその一つで,最西端という響きだけが心を捉えて離さなかった。
明確な理由のない旅。それは,土地の様子や暮らす人々の生活ぶりをくっきりと映し出した。薄暗い裏路地に人生の機微を見た。地図を見ずに気の向くまま歩いて思わぬ発見があった時は小躍りした。なじみの客しかいない小さなレストランのおやじの顔に刻まれた深いしわが,長い人生を何よりも雄弁に語っていた。旅先で出会った人の数や踏みしめた石畳の長さ,そういったものが私の中に一つ一つ記憶の層となって積み重なっている。
ロカ岬に立つ1本の石碑には,ポルトガルの詩人カモンイスの言葉が刻んである。
「ここに地果て,海始まる」
海の向こうが未知の世界だった大航海時代,果敢に海へこぎだしていったポルトガル人をたたえた叙事詩の一節なのだそうだ。私は岬に立ち石碑に触れた時,固い意志を感じるこの言葉を握りしめこれから生きていこうと決めた。
人生は,なぎと嵐の繰り返し。私は強い人間ではないから,荒れ狂う海に飛び込まなくてはならない時に背中を押してくれるものがほしい。心かき乱されることが起きた時,平静に戻る力がほしい。一筋の光で導き,すがることができる小さな羅針盤のような存在。それに「最果て」の地で出会えた。
(第69回南日本美術展第20回吉井賞受賞者)