高校説明会・・紫原中・武岡中
本日午前中,紫原中と武岡中で説明会があり,教頭先生が出向き本校について説明しました。3年生の生徒とその保護者の皆さんが熱心に聞いてくれたようです。



甲南高等学校
剛 明 直(ごうめいちょく) 気高く 優しく 健やかに
本日午前中,紫原中と武岡中で説明会があり,教頭先生が出向き本校について説明しました。3年生の生徒とその保護者の皆さんが熱心に聞いてくれたようです。


生徒総会に引き続き,生徒会会長選挙が行われました。2年生の立候補者3名が応援演説者と一緒に立ち会い演説会で生徒会に対する熱い思いを語ってくれました。選挙の結果は,選挙管理委員会により明日発表されます。


本日,午後平成27年度前期生徒総会が開かれました。各専門委員会の活動報告,活動計画,平成26年度決算報告,平成27年度の予算(案)の審議・承認の後,「甲南高校をさらにすばらしい学校へするための取組」について討議がなされました。挙手して発言する姿がたくさん見られ,活気のある生徒総会でした。



本日,午後,吉野中で説明会があり,教頭先生が出向き本校について説明しました。3年生の皆さんが熱心に聞いてくれたようです。

6限目,防火防災訓練を実施しました。6限終了後に実施してた例年と違い,6限目の終了間際に時刻を予告しないで非常ベルを鳴らしたあと,各係ごとに集合し打合せを行いました。雨天のため,予定していた校庭での集合や消火訓練が出来ませんでしたが,火災や災害時どう行動するかの意識づけはできたようです。(2学期にもう一度実施します。)
本日,午後,伊敷台中で説明会があり,教頭先生が出向き本校について説明しました。3年生の皆さんが熱心に聞いてくれたようです。

本校の甲南タイムは,全校朝礼,学年朝礼と交代で,各教室で担任と違う先生の講話を聞く機会として実施していますが,今年度,学校全体として「生徒に発言力をつけよう」ということを掲げており,3学年では,甲南タイムで生徒のスピーチ力をつける取組を始めました。さっそく1回目の今日は,各クラスで数人の生徒が思い思いのテーマでスピーチをしました。「聞かせるスピーチ」はなかなか難しいものがあります。今後,回数を重ねてスピーチ力をつけていければと思います。


12人目に紹介する「松木弘安(寺島宗則)」は,アミュ側から見て左側中段真ん中で,膝に山高帽をのせいすに座っている人物です。
市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)
松木弘安 留学に当たっての変名:出水 泉蔵 出発時34歳
幕府の遣欧使節の一員として2年間ロンドンに滞在した経験を生かし,留学生の教育にあたる。かたわら,また,イギリス政府を相手に外交活動を行い,イギリスの対日政策を大きく変えさせ,幕末の倒幕運動に大きな影響を与えた。のち寺島姓となる。
松木も留学生の中で著名な一人です。ウィキペデアに書かれていることを改めて要約してみました。
天保3年(1832年),出水郡脇本村(現・阿久根市脇本)に生まれ,5歳のとき,跡継ぎがいなかった伯父で蘭方医の松木宗保の養嗣子となり,長崎で蘭学を学ぶ。
弘化2年(1845年),江戸に赴き伊東玄朴,川本幸民より蘭学を学び,安政2年(1855年)より中津藩江戸藩邸の蘭学塾(慶應義塾の前身)に出講する。
安政3年(1856年),蕃書調所教授手伝となった後,帰郷し薩摩藩主・島津斉彬の侍医となったが,再度江戸へ出て蕃書調所に復帰し蘭学を教える。
安政4年(1857年)から英語を独学しはじめる。
文久元年(1861年)には,英語力が買われて幕府の遣欧使節団の西洋事情探索要員として,福澤諭吉らとともに抜擢された。
文久2年(1862年),幕府の第1次遣欧使節に通訳兼医師として加わる。欧州でオランダ語がまったく重要視されていないことを知り,英学派に転ずる。
翌年に帰国して鹿児島に戻る。文久3年(1863年)の薩英戦争においては五代友厚とともにイギリス軍の捕虜となる。
慶応元年(1865年),薩摩藩遣英使節団に参加し,再び欧州を訪れる。
明治維新後,遣欧使節での経験を生かして外交官となる。明治元年(1868年)にはスペインとの日西修好通商航海条約の締結に関わり,同4年(1871年)にはハワイ王国との日布通商条約締結の際の日本側全権を任されている。明治5年(1872年),初代の在イギリス日本公使となる。
明治4年(1871年)外国との電信業務が始まり,外務大輔として関連する外国の電信会社との交渉を日本が有利な形で結実させたことから,「電気通信の父」と呼ばれる。
明治6年(1873年),参議兼外務卿となる。政府の財政難から関税自主権回復を目指し,諸外国との条約改正に臨み,アメリカとの交渉は良好に進むがイギリスの反対やドイツ船ヘスペリア号事件などもあって条約改正への希望を挫折せざるを得なくなり,明治12年(1879年)に外務卿を辞職。その後,文部卿,元老院議長,在アメリカ日本公使,枢密顧問官,枢密院副議長などを歴任した。
明治26年(1893年),62歳で死去。
松木弘安は,薩摩スチューデントということはなく,新納,五代とともに視察や商談に当たり,学生より短期間で帰国しています。外交家・政治家としての活躍はもっと脚光を浴びても良いように思うのですがいかがでしょう。写真の像もとてもかっこいいですね。



平成27年第2回甲南塾(創立記念講演会)を下記のとおり実施します。
昨日生徒便で保護者あてのご案内を配布しました。
同窓会や一般の方の聴講もできます。当日,体育館で受付をしてください。
<平成27年第2回甲南塾(創立記念講演会)>
日時 5月25日(月)創立記念日 11:05~12:45 受付 10:50~
講師 砂 田 光 紀 氏 (甲南33期)
有限会社オフィスフィールドノート代表。全国の博物館,公共施設,店舗,街づくりの統括プロデュース,再生プランを手がける。2014年7月オープンした「薩摩藩英国留学生記念館」の総合プロデュースも担当。
演題 宇宙周遊一笑中~旅路の彼方に輝くもの~
場所 本校体育館(3Fアリーナ)
※ 駐車場はありませんので公共交通機関をご利用ください。
上履きを持参してください。
保護者向けの案内文 150525konanjyuku2.pdfをダウンロード
金曜日の7限目はKI(1年生は6,7限目W-KI)の時間です。3年生はこれまでと同じ自分の関心の高い分野でマスターピースを書きます。系列ごとに分かれてそれぞれ構想を練り始めています。2年生は人口問題を「食」「環境」「ビジネス」「観光」の4つの系列から研究することにし今日は体育館で系列分けをしました。また,学びにUKグループは人口問題についての自分の考えを述べ合う議論を始めました。1年生も今後の課題研究の進め方について担当の先生から話がありました。
写真上左:3年生マスターピース構想中 上右:系列ごとに教室に分かれ先生に相談
写真下左:2年生の系列分けの様子 下右:2年生学びにUKグループの議論の様子



