校舎改築工事の状況
今日は日曜日で工事はお休みでした。写真は昨日撮影したものですが,脱靴場になる部分の階段が見えています。1階部分床にコンクリートが塗られ,上の階に向けて鉄筋が立ちはじめていますね。



甲南高等学校
剛 明 直(ごうめいちょく) 気高く 優しく 健やかに
今日は日曜日で工事はお休みでした。写真は昨日撮影したものですが,脱靴場になる部分の階段が見えています。1階部分床にコンクリートが塗られ,上の階に向けて鉄筋が立ちはじめていますね。


28日の甲南塾の講師をしていただいた北薗先生に当日色紙を書いていただきました。
「花は咲く ベルカントを求めて」と書かれています。
額に入れて,北校舎廊下の校長室付近にかけてあります。

今朝の新聞にも記事が出ていましたが,昨日,名古屋でノーベル物理学賞受賞記念式典が行われ,本校からも校長先生が出席しました。
[以下校長先生から]
・会の主催は名古屋大学,名城大学,豊田合成株式会社で,千名前後の出席者だったようです。
・主催者や安倍総理(ビデオメッセージ)をはじめとする来賓の方からは,赤﨑,天野先生による青色LEDの発明によってエネルギー消費を抑えた白色光が誕生したことを高く評価する旨の言葉が続きました。
・赤﨑先生はお元気なご様子で,記念式典ではこれまでの関係各位からの様々な御支援に対して謝辞を述べられました。
・また,その後の記念祝典では,たまたま当日が先生のお誕生日ということもあって,娘さんから花束が贈られるシーンもありました。
・赤﨑先生とストックフォルムに同行され,情報をいただいていた川島さん(甲南23期,日本化学会事務局長)と初めてお会いできました。
・出席者がとにかく多く,主催者の方から写真は広報に限るとの注意もあって赤﨑先生の2ショットの写真は遠慮せざるを得ませんでしたが,川島さんのご案内で出席した副知事をはじめとする鹿児島県関係者と一緒に赤﨑先生にご挨拶することができました。写真は出席した鹿児島県関係者です。右から松木園鹿児島市副市長,佐々木鹿児島県副知事,霜出南九州市長,川島さん,海江田校長


以下は,会の出席者に配布された記念品です。





土曜授業の日ですが,4限目に1年生の調理実習をのぞいてきました。前回12/16に中華料理の実習を取材しましたが,今日のメニューは和食。メニューはブリの煮付け,ほうれん草のおひたし,三つ葉とお麩のおすまし,サツマイモの入ったごはん。サツマイモ入りのごはんは初めて食べたという生徒の感想が印象的でした。みんなで協力し合って和気あいあいとしながら1時間で食べるところまでこぎ着けたようです。
調理実習の様子(音楽はいつものTAM Music Factoryから「アトリエからの眺め」)


今日は今年2回目の土曜授業。1,2年生は先週の模擬試験に続いて連続ですが,みんな元気に登校しています。写真は朝7:20頃の登校風景です。
早いもので今日で1月も終わりです。今朝の鹿児島の日の出は7:12。少し朝が明るくなってきた気がします。

5限目に保健体育科の研究授業が行われました。
指導者:竹原輝秀教諭
1年3,4組女子
単元 球技(バスケットボール)
ドリブルの基本練習やドリブルの鬼ごっごでウォーミングアップをした後、レイアップシュートの練習やセットシュートの練習に取り組みました。


今日は午後から甲南塾を開催しました。
講師に国際的にソプラノ歌手として活躍しておられる甲南25期の北薗るみ子さんをお迎えしました。甲南塾に芸術関係の先輩を講師にお呼びするのは久しぶりになるようです。北薗さんは校長先生と高校1年の時に同じクラスだったとのことで,今日はかつての担任の先生も見えられていたそうです。
[講演の要旨]
・大学で声楽を専攻し,一端は鹿児島に帰ってきたが,もっと上の世界を知りたくてイタリアへ留学した。そのためにイタリア語を懸命に勉強した。
・歌を歌うためには言葉の勉強は欠かせない。言葉の中にある細かなニュアンスを理解しないと歌えない。同じ色でも日本とは感じ方が違う。
・帰国後も国内やアメリカ,ヨーロッパなどいろいろな場所で歌を歌っている。国連で歌ったこともある。歌う曲を直前に言われアメリカまでの飛行機の中で覚えたこともあった。
・今日の演題を「花は咲く」とした。こつこつとがんばっていればいつかは必ず花が咲くということを伝えたかった。人生の中でいくつかのトンネルも経験した。トンネルを抜けて楽しくなるまでは苦しみが続く。苦しんでトンネルを抜けると楽しくなる。トンネルを抜けるまで10年かかるかもしれない。意志の強さがその先を左右する。岩のように意志は固く,水の様な柔軟さを持って,自分を大切に,一日一日を大切にしていけば,必ず花が咲く。
講演の後,ピアノを使って発声の仕方を実際にやっていただき,歌も2曲歌っていただきました。最後に生徒の質問にも答えていただきましたが,質問は歌の歌い方やイタリア語についてのものがありました。
その後,校長室でも声楽を志す生徒の質問に答えていただきました。
生徒は,北薗先生がプロとして世界あちこちで仕事をされている様子や,プロとしての責任感,技術,努力にも感銘を受けたようです。また,なかなか聞く機会のないプロの声楽家の歌はとても新鮮だったようです。
北薗先生,今日はありがとうございました。






今日は今年度最後の実力考査の日です。1,2年生にとって学年最後の実力考査です。生徒は真剣に問題に取り組んでいました。今日は国数英の3科目,明日2年生は理科,地歴を実施します。最後まであきらめず次の学年へつなげてほしいものです。


本校では,普段授業で接することのない先生をクラスに招いて10分間の講話を聴く,「甲南タイム」という時間が月1回設定されています。今日1年3組では,2学年主任の先生を講師として迎え講話を聴きました。先生は,4年前空手道競技の部でインターハイに出場した卒業生の試合のビデオとともに,その卒業生を取り上げた新聞記事の中の「最後に勝つのはあきらめの悪いやつだ」という言葉を紹介し,「己の弱さに勝つことが大事。日頃からそのことを意識して,日々励んでほしい。」と話をされました。

6人目に紹介する「新納久修(脩)」は,最上段電車通り側で両手を広げて立っている人物です。読み方は「にいろひさのぶ」(「ひさなが」とふりがながふってあるのもありましたが・・)と読むようです。
この新納久修の像は,像の中では一番高いところにあり,右の写真のように下から見上げてもよく見えず,電車通りを挟んで遠くの方からでは小さくてよくわかりません。そこで電車通りを挟んで望遠で写真(写真左)を撮ってみました。こんな表情の像だったんですね。
市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)
新納久修 留学に当たっての変名:石垣鋭之助 出発時34歳
留学生の団長格。イギリス国内やヨーロッパ大陸を視察し,紡績機などの買いつけに当たる。留学の翌年3月帰国のち家老となる。
さすがに一番高いところにいるこの人物が団長さんだったということですね。もう少し調べてみました。
1832(天保3)年生まれ。藩主の一門(伊佐新納氏)で軍役方総頭取のころ兵制改革を行い洋式を採用。その後軍役奉行。薩英戦争で洋式軍の優秀さが証明されたことから,留学生の総責任者に抜擢されたらしい。
(以下鹿児島市に観光サイト「よかとこかごんまナビ」等から転載)
1865(慶応元)年,団長として留学生を率いてヨーロッパ各地を訪問。五代とともにイギリスの工業地帯を回り,紡績機械や武器などをたくさん買い集め,ヨーロッパ各地の様子や事情を見て回った。また,1867(慶応3)年のパリ万国博覧会への参加も話し合った。
鹿児島に帰ると,五代とともに買ってきた紡績機を鹿児島市の磯の工場に据え付けさせ,日本で最初の紡績工場が誕生した。鹿児島紡績の事業は失敗に終わったが,当時最も進んだ技術を導入して近代的な紡績工場を立ち上げたことは,日本の工業の発展に大きな影響を与えた。
帰国後は,薩摩藩の家老として政治に力を尽くした。新政府では外国掛,裁判官を歴任した。
1889(明治22)年12月に58年の生涯を閉じた。
昨年から若き薩摩の群像を取り上げていますが,今年は派遣から150周年に当たるということがいろいろなところで取り上げられています。
昨年は,学校のそばにあるこの像のことをもっと知ろうと,単純な気持ちでこの群像を取り上げ始めたのですが,150周年の記念の年ということですので,中途半端に投げ出さず最後の人物までしっかり記事にしていきたいと思います。生徒の皆さんが少しでも関心をもってくれるといいですね。



