1年生の1日遠足の写真集が出来ました。
昨日の遠足の際に撮った写真をスライドショーにしてあります。

1年生の写真58枚(音楽はTAM Music Factory「寄り道」)
別の先生にカメラマンをお願いしましたがやはりドッヂボールの写真は,動きが速く難しいようです。綱引きはみんな良い表情ですね。楽しい遠足になって良かった。(複数のカメラで撮っていますが,写真の縦横の比率を合わせていないため,スライドの左右に黒帯が入る写真があります。)

甲南高等学校
剛 明 直(ごうめいちょく) 気高く 優しく 健やかに
昨日の遠足の際に撮った写真をスライドショーにしてあります。

1年生の写真58枚(音楽はTAM Music Factory「寄り道」)
別の先生にカメラマンをお願いしましたがやはりドッヂボールの写真は,動きが速く難しいようです。綱引きはみんな良い表情ですね。楽しい遠足になって良かった。(複数のカメラで撮っていますが,写真の縦横の比率を合わせていないため,スライドの左右に黒帯が入る写真があります。)
1,2年生が1日遠足に出かけた今日,3年生は学校に残り特別メニューで1日過ごしました。午前中は,70分3限で国数英(化)の授業を行いました。いつもの授業より少し難しめの課題を,グループ学習等も交えて,時間をかけて考える良い機会になったようです。昼食を経て,午後からはクラス対抗ドッヂボール大会を行いました。先生方からのカンパで成績に応じて賞品(お菓子)が用意され,優勝した6組は一人1本ずつバナナももらって大喜びでした。閉会式で学年主任の中須先生から受験は団体戦であること,これから切り替えて学習に取り組むことの話があり,その後,最後に学級LHRが行われ,気持ちを引き締めて,終わりました。



2学年の1日遠足は昨年度の遠足の実施を受けて今年度から実施することになったものです。あいにくの小雨の中,平川動物園にバスで行きました。到着後は,それぞれ各人のペースで園内を回ったり,グループで球技をしたり,思い思いに過ごしました。昼食後,希望者には,園の飼育員の方から飼育員の仕事についての説明を聞く会も開かれ,参加したメンバーは熱心に聞いていました。
学校に到着後,二甲記念館に集まり,ゴールデンウィークの過ごし方など,気を引き締めようと話があり,全員で「がんばろう」のかけ声をかけて,終わりました。


本校では1学年の1日遠足は昨年度から実施しています。あいにくの小雨の中,今年度はいちき串木野市にバスで行きました。午前中はいちき串木野市総合体育館で男女別クラス対抗のドッヂボール大会を行い,昼食をはさんで,午後からは総合グランドでクラス対抗の綱引き大会を行いました。どちらの競技もクラスの名誉をかけて熱戦となり,今日一日でクラスの結束や学年のまとまりが一層強くなったようです。


今年度国外留学される上原先生(写真:手前右から2人目)が明後日朝鹿児島空港から出発されるとのことで,学校にあいさつに来られました。もともと4月中旬の出発予定が少し伸びて明日になったそうです。職員室の先生方と記念撮影をしました。

元気でいろいろな経験を積んで帰ってきてくださることを学校をあげてお祈りします。
上原先生からは定期的にパリからブログの記事を送っていただくことになりました。さっそく「上原先生パリだより」のコーナーを作りましたので,ご期待ください。
天気の良い日が続いています。朝ふと外を見ると,生徒が何かをのぞいています。
3年生の地学の授業で,太陽の黒点やプロミネンスを観察しているところでした。一人ずつ交替で望遠鏡をのぞいています。

26日に行われた今年度第2回県陸上記録会の結果です。
高校・一般 400m障害 1位 折田歩夢(2年)54秒70
200m 2位 折田歩夢(2年)21秒95
※折田君のコメントと写真が今朝の南日本新聞に掲載されています。
25日(土)県総合体育センター武道館弓道場で開かれた市高等学校春季弓道競技大会の結果です。
男子団体 甲南高校 優勝
1回戦 13中/20射 2回戦 14中/20射 計 27中/40射
(2位:鹿児島工業25中/40射,3位:鹿児島南22中/40射)
女子団体 甲南高校 優勝
1回戦 15中/20射 2回戦 6中/20射 計 21中/40射
同中による優勝決定戦 3中/5射(武岡台2中/5射,鹿児島1中/5射)
(2位:武岡台21中/40射,3位:鹿児島21中/40射)
今年度も各種大会が始まっています。今年度も大会の結果を本ブログにも掲載していきます。ただし,出場する全試合の結果を,逐次掲載することはしません。
掲載する基準は,以下の全校朝礼の表彰規定に準じます。
個人成績については,氏名も掲載します。
なお,基準以外でも例外的に取り上げる場合はあります。
<本校の全校朝礼表彰規定>
① 市大会,県大会 団体,個人とも 3位以上
② 九州大会,全国大会 団体,個人とも 入賞以上
③ 順位の付かない賞などは,顧問の判断による
11人目に紹介する「磯永彦助(彦輔)(いそながひこすけ)」は,電車通り側下段右側でひじかけにぶどうが置いてあるいすに座った一番小さな少年です。
市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)
磯永彦助 留学に当たっての変名:長沢 鼎 出発時13歳
幼少のため勉強の科目を決めなかった。ただ一人,スコットランドの古都アバティーンへ写る。慶応3年(1867)7月渡米,以来生涯をアメリカで送り,広大なぶどう園の経営とぶどう酒製造につとめ,ぶどう王と呼ばれた。
昨年の10月27日付けのブログで,学校の近くにある誕生地の写真と市の説明板をアップしていますのでそちらもご覧ください。
市の説明板の写真の説明に長沢鼎がないのでビックリしました。留学生達は渡欧にあたり全員変名を名乗ったわけですが,磯永彦助は「長沢鼎」を名乗り,これ以後一生これを変えることはなかったそうです。
長沢は留学生の中でも著名な一人ですが,ウィキペデアに書かれていることを改めて要約してみました。
鹿児島城下上之園通町(現在の鹿児島県鹿児島市上之園町)にて磯永孫四郎とフミの四男として誕生する。
1865年(慶応元年),13歳のときにイギリスに留学する。
他の留学生はロンドン大学に入ったが,長澤は年齢が入学年齢に達していないために,スコットランドのアバディーン・グラマー・スクールに通う。貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの実家に世話になるが,藩の財政事情が悪化し多くの薩摩藩英留学生が帰国すると,慶応3年,トマス・レイク・ハリスを信奉していたローレオンスリファントの招きで森ら6名で渡米し,ハリスが主宰するキリスト教系の新興教団「新生社」に入り,信者らと共同生活を送る。
薩摩藩留学生のうち何人かはハリスの思想に違和を感じてすぐ離反したが,長沢は森有礼らとともに残り,森らが帰国後も唯一人アメリカに残り,教団で厳しい労働と信仰生活を送りながら,1870年には9月から3か月ほどコーネル大学にも通った。教団の経営のためにワイン醸造をニューヨークのブルックリンでジョン・ハイド博士から学び,葡萄農園を中心とする農業で財政を支えた。
1875年,教団はカリフォルニアのサンタローザにワイナリーを開いた。しかし新生社の異端思想に対し,新聞が反教団キャンペーンを行ったために,ハリスが引退すると教団は事実上解散した。
1900年長澤はワイナリーを教団から買い取り,品質向上に努力し,彼のファウンテングローブ・ワイナリーをカリフォルニア州10大ワイナリーのひとつにまで育て上げた。カリフォルニア大学デービス校の教授に醸造技術を学ぶなど研究を続け,高級ワインに育て上げた上に,フランスには特約店を設け,苗木を輸入するなど,商才にも長けていた。彼のワインは米国内のワインコンクールで好成績を納め,イギリスに輸出された最初のカリフォルニアワインもナガサワ・ワインである。
生涯独身を貫き,83歳で死ぬと,ワイナリーは甥の伊地知共喜が継ぐ。
彼の生涯はアメリカでも再評価され,サンタローザの市議会ホールに長沢の胸像が置かれ,レーガン大統領の讃辞が添えられているそうです。


