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甲南高等学校

剛 明 直(ごうめいちょく) 気高く 優しく 健やかに 

2015年12月 7日 (月)

先輩来校

今日夕方,15期のモアンヌ前田恵美子さんがご夫妻で来校されました。ご夫妻は11月下旬に帰省され,先日前田さんが松陽高校で講演されたときの様子が新聞に掲載されていました。

前田さんについては8/24付けの上原先生のパリだよりで紹介されていますが,パリ近郊のグレーという町に黒田清輝通りが出来る際に尽力され,その後も鹿児島とのつながりを大切に活動しておられます。

今日は上原先生がグレーに滞在した時に現地の新聞に取り上げられた実際の記事を持参してくださいました。(11/8のブログにこのときの記事があります。)工事中で残念でしたが,校舎やグランドの様子も懐かしそうにご覧になっていました。明日フランスに帰られるそうです。

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那覇国際高校から視察

今日午後,沖縄県立那覇国際高校から仲吉教頭をはじめ久山,宜保,嶺井の4人の先生が視察に来られました。沖縄県はSGH校がなく来年度のSGH指定に向けて,本校の取組を聞き取りされました。訪問ありがとうございました。

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懸垂幕を増設しました。

本校の懸垂幕は,校門左の別館の正面壁にこれまで3+1本掲げていました。そのうち1本は赤﨑先生のお祝い,あとの2本はSGHと海外派遣に関するもので,生徒が活躍しても1本以上懸けられない悩みがありました。

そこで思い切ってあと2本増設することにし,この土日で枠の工事が行われ,本日から生徒分3本が新しくお披露目となりました。関係の生徒の皆さんお待たせしました。

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<お披露目となった生徒分3本>


第70回国民体育大会5位・・・9/12ブログ掲載
 中園優作(3年)200mバタフライ1分59秒82

第20回全日本高校・大学大賞受賞・・・8/30ブログ掲載
 調和体部門 福田知紗(3年)  漢字部門 中塚一穂(3年)

第39回全国高等学校総合文化祭・・・8/2ブログ掲載
 朗読部門 優秀賞(最高賞) 桑木栄美里(3年) 審査委員特別賞 大戸美穂(2年)


3年生学年朝礼/1・2年生甲南タイム12/7

今朝は3年生学年朝礼,1・2年生甲南タイムを行いました。
3年生の学年朝礼は国語科の山下先生が最近生徒が解いた問題の文章を引用して「川が海に流れ込んだとき初めて自分を超えるものの存在を知ったという文章があった。みんなそれぞれ努力をしているつもりかもしれないが,自分以上に努力している人がいる。慢心せず最後までがんばれ。」と講話をしました。

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2年生のあるクラスでは国語科の井川先生が,寿命を90歳としたとき誕生から死ぬまでの1日々を1つのマス目で表した方眼の上で,今の自分がどこにいるか確認しこれからの人生設計を考えてみようという講話をしました。

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また,2年生では「学びにUK」グループの生徒が,自分の研究内容を英語でプレゼンするクラスもありました。

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2015年12月 6日 (日)

若き薩摩の群像(21)人物編⑲高見弥市

 若き薩摩の群像として並んでいる17人をはじめに,渡英したメンバー19人を紹介してきましたが,市の説明板だけで紹介されている高見弥市を最後に紹介します。

市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)


高見弥市 留学に当たっての変名:松元 誠一 年齢31歳
海軍測量術を学ぶ。元土佐藩士で,留学の翌年8月帰国。のち鹿児島で中等学校教員となり数学を教える。

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これだけなので,あわせて薩摩藩英国留学生記念館のホームページの人物紹介も転載させてもらいました。

留学当時,薩摩藩開成所第三等諸生。蘭学専修。21歳。
土佐藩の出身で,尊皇攘夷派の土佐勤王党の一員として吉田東洋暗殺事件を起こし,薩摩藩邸に匿われた大石団蔵のこと。薩摩藩に取り立てられて後,高見弥一を名乗りました。 帰国後,いったんは明治政府に出仕し,大阪運上所勤務を命ぜられますが,明治5年(1872)には鹿児島に戻り,その後鹿児島で算術教員として過ごしました。
明治29年(1896)2月28日鹿児島で死去,52歳。


吉田東洋暗殺事件は,過去の大河ドラマでも取り上げられており見た記憶があります。
当時土佐藩の参政を務めていた吉田東洋を,意見が対立していた土佐勤王党の武市半平太が大石(高見)・那須・安岡の三人を刺客に選び暗殺したとされています。

さらにネット上でも記事がけっこう出てきます。要約するとこんな感じです。
事件後土佐藩の追っ手に追われると,当時京都に居た長州藩の久坂玄瑞の元を頼り,久坂によってその身柄を薩摩藩に預けられ,その間に親しくなった薩摩藩士・奈良原喜八郎の養子となり名前を高見弥市と変えて,薩摩藩に召し抱えられることになった。

薩摩藩に亡命した高見は,元治元(1864)年6月に薩摩藩が設立した洋学教育学校「開成所」の諸生に選抜された。この開成所諸生に選ばれた者は,薩摩藩の藩校「造士館」などから選び抜かれた俊才ばかりであり,高見が元土佐人でありながら,その諸生に選ばれたのは異例のことであった。さらに高見が英国留学生一員として推薦された事実を考えあわせると,開成所では非常に優秀な成績を残していたことが窺い知れる。

維新後は鹿児島県立中学造士館で数学教師として教鞭をとる。
明治25年(1892)には,沖縄県知事に就任した奈良原繁に従い沖縄県庁に勤めるが,やがて辞職して鹿児島へ帰った。

この中学造士館は甲南高校の前身である鹿児島第二中学校の元になった学校です。その意味で高見弥市は本校にとっては身近な存在です。


前回の堀孝之と今回の高見弥市が像になっていない理由は薩摩藩以外の出身だからという説明がされているようです。実際には「若き薩摩の群像の形態」からやむを得ないのかもしれませんが,小さな像でいいから隣にでも2人の像があっていいのではと思うのですが・・・。

2015年12月 5日 (土)

かわなべ青の俳句大会結果

11/27に新聞紙上で公表された第17回南九州市かわなべ青の俳句大会結果です。本日表彰式が行われました。(入選者全員の作品をもらいましたので掲載します。12/7)

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「学びにUK」保護者説明会

昨日,17:30から「学びにUK」保護者説明会を開催しました。
2月に「学びにUK」グループの希望者を募る際に1回開催していますが,今回は派遣の3月に向けて,今後の確認をするために開催したものです。

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冒頭校長先生から次のようなあいさつがありました。
・フランスでテロがあり実施できるか心配しているが,現時点では実施したいと思っている。
・今後イギリスでテロが起こるなどの状況になれば,あらためて実施するかを保護者と相談していく。
・現地で何か起こっても学校が責任を負えるものではない。参加を希望するかどうかは,保護者が生徒と慎重に話し合って判断してほしい。
・保護者の承諾のある希望者の中から15人を選抜する。
・手続きが始まったあと個人でキャンセルするとキャンセル料が生じる。途中からのメンバーの変更ができないため,キャンセルが出ると団体旅行が成立しなくなりトラブルになる可能性もある。慎重に判断してほしい。
・同窓会の創立110周年記念事業として実施することから皆さんの個人負担は6万円前後になると思う。同窓会の皆さんに感謝するとともに期待に応えてほしい。
・15人の選抜に入らなかった皆さんには,1泊2日ではあるが全員,広島大学か和歌山大学に行き,留学生の前で発表する機会を設ける。
・これまで生徒の皆さんががんばってきたことを評価する。イギリスに行けなくて悔しい思いをする人もでるが,いずれにしても3月で終わりではない。その後が大事だ。がんばってほしい。

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その後,有嶋先生から11月にイギリスに下見行った時の様子の紹介と今後のスケジュール等の説明があり,最後に質疑応答の時間を設けました。保護者からは特に何も出ませんでした。

生徒の最終審査のプレゼンテーションは1月5~7日。1月15日に派遣15人を決定します。

2015年12月 4日 (金)

コートハンガー登場

今朝の鹿児島市の最低気温は11℃。女子生徒の中にはそろそろコートを着てくる生徒も出てきました。そこでコートハンガーの登場です。昨日の午後,倉庫から出して各教室のローカに並べました。ブログを探すと昨年も12/4の記事に書いています。これも本校の風物詩ですね。

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2015年12月 3日 (木)

人気のメニュー

期末試験明けの木曜日,うわさの唐揚げの日です。うわさの人気メニューを皆さんにも紹介しようと思い,食堂で取材してみました。
木曜日のメニューは写真の通りです。(日替わりではないメニューにうどん・そば・カレーもあります。)

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昼食時間に次々とやってくる生徒が注文して食べる前に写真を撮らせてもらいました。

写真上左:日替わり定食340円,上右:唐揚げカレー380円,中左:唐揚げ丼390円,中右:唐揚げ丼セット380円,下左ラーメン340円です。

見ていると一番人気は唐揚げカレー,僅差で唐揚げ丼だったような。
うわさの唐揚げの日は食堂に入りきれないような日もありますが,今日はなぜかそこまで混雑はしていなかった様子でした。

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パリでの生活も8ヶ月目に入りました

12月になり寒い日が続いています。先日の早朝,パリの街は朝もやに包まれました。

写真下:朝もやに包まれるノートルダム大聖堂

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街はクリスマスムードが高まってきました。デパートはじめ,いろいろなところにイルミネーションや装飾が施されています。

写真下:近所のデパート入り口のクリスマス装飾

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スーパーや雑貨店にはクリスマスに部屋を飾るオーナメントがたくさん並べられています。近所のスーパーの店先には,ツリー用のもみの木が売られていました。値段は「大」が29.95ユーロ(約3,900円),「小」が19.95ユーロ(約2,600円)でした。

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パリの冬の風物詩のひとつに,街角の「焼き栗売り」があります。ドラム缶で作った簡単なバーベキューマシンで栗を焼き,辺りに香ばしい匂いを漂わしています。私も買って食べましたが美味しかったです。

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11月から各地でクリスマスマーケットが開催されています。たくさんの出店が並び,多くの人で賑わいます。

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私もシャンゼリゼ通りのクリスマスマーケットに行ってみました。数え切れないくらいの出店や移動遊園地などが並び華やか。クリスマスの飾りだけでなく,食べ物の出店も多かったです。

そんな賑わいの中にもテロの影響が。武装したフランス軍兵士がいたるところで警戒を行っていました。

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テロ事件で警戒が厳しいパリですが,加えて,現在パリでひらかれている気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)もそれに拍車をかけています。世界100カ国以上から各国の首脳が集まっているわけですから,街はピリピリです。会議開幕の11月29・30日,混乱を避けるためパリ市内への自家用車の乗り入れが制限されました(そのかわりに,この2日間地下鉄とバスは全て無料になりました)。

私が住むアパートの近くにパリ警視庁がありますが,その前にはたくさんの白バイが並んでいます。各国首脳の車列を警護するための白バイのようです。

写真下:ズラリと並ぶ白バイ

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そのパリ警視庁正面玄関は,現在夜になるとトリコロールにライトアップされています。

写真下:3色にライトアップされる警視庁

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テロ事件発生から2週間経った11月27日,国家追悼式典が行われました。その日,初めて事件現場を歩きました。事件発生以来,黙祷をするなど自分なりに哀悼の意を表してきましたが,現場に行くことにはためらいがありました。それは,どこか自分の中で犠牲者を悼む気持ちよりも野次馬的な興味のようなものが大きい気がしていたからです。
しかし,日が経つにつれ「たった1年間とはいえパリの住民である以上,現場を見ておかなくてはならない」と気持ちが強くなりました。また,ある友人から「現場に行くことがそこに暮らす人の責任であり,権利ではないか」「悲しい出来事だが,歴史の証人として,見て,伝えてほしい」という言葉をもらいました。
事件現場では手を合わせることしかできませんでしたが,今は行ってよかったと思っています。

写真下:現場のひとつとなったカフェ

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写真下:最も多くの犠牲者を出した劇場の前でフランス国旗を持つ男性

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