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2015年4月

2015年4月28日 (火)

1学年1日遠足

本校では1学年の1日遠足は昨年度から実施しています。あいにくの小雨の中,今年度はいちき串木野市にバスで行きました。午前中はいちき串木野市総合体育館で男女別クラス対抗のドッヂボール大会を行い,昼食をはさんで,午後からは総合グランドでクラス対抗の綱引き大会を行いました。どちらの競技もクラスの名誉をかけて熱戦となり,今日一日でクラスの結束や学年のまとまりが一層強くなったようです。

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2015年4月27日 (月)

上原先生離日のごあいさつ

今年度国外留学される上原先生(写真:手前右から2人目)が明後日朝鹿児島空港から出発されるとのことで,学校にあいさつに来られました。もともと4月中旬の出発予定が少し伸びて明日になったそうです。職員室の先生方と記念撮影をしました。

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元気でいろいろな経験を積んで帰ってきてくださることを学校をあげてお祈りします。
上原先生からは定期的にパリからブログの記事を送っていただくことになりました。さっそく「上原先生パリだより」のコーナーを作りましたので,ご期待ください。

何をしているのかな?

天気の良い日が続いています。朝ふと外を見ると,生徒が何かをのぞいています。
3年生の地学の授業で,太陽の黒点やプロミネンスを観察しているところでした。一人ずつ交替で望遠鏡をのぞいています。

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第2回県陸上記録会

26日に行われた今年度第2回県陸上記録会の結果です。
高校・一般 400m障害 1位  折田歩夢(2年)54秒70
                200m     2位 折田歩夢(2年)21秒95
※折田君のコメントと写真が今朝の南日本新聞に掲載されています。

市高等学校春季弓道競技大会の結果

25日(土)県総合体育センター武道館弓道場で開かれた市高等学校春季弓道競技大会の結果です。
男子団体 甲南高校 優勝
        1回戦 13中/20射 2回戦 14中/20射 計 27中/40射
         (2位:鹿児島工業25中/40射,3位:鹿児島南22中/40射)

女子団体 甲南高校 優勝
          1回戦 15中/20射 2回戦  6中/20射 計 21中/40射
        同中による優勝決定戦 3中/5射(武岡台2中/5射,鹿児島1中/5射)
         (2位:武岡台21中/40射,3位:鹿児島21中/40射)

今年度の大会結果のブログ掲載について

今年度も各種大会が始まっています。今年度も大会の結果を本ブログにも掲載していきます。ただし,出場する全試合の結果を,逐次掲載することはしません。

掲載する基準は,以下の全校朝礼の表彰規定に準じます。
個人成績については,氏名も掲載します。
なお,基準以外でも例外的に取り上げる場合はあります。

<本校の全校朝礼表彰規定>
 ① 市大会,県大会 団体,個人とも 3位以上
  ② 九州大会,全国大会 団体,個人とも 入賞以上
 ③ 順位の付かない賞などは,顧問の判断による

2015年4月26日 (日)

若き薩摩の群像(13)人物編⑪磯永彦助(長沢鼎)

 11人目に紹介する「磯永彦助(彦輔)(いそながひこすけ)」は,電車通り側下段右側でひじかけにぶどうが置いてあるいすに座った一番小さな少年です。

市の説明板にはこう書いてあります。(下段の顔写真も市の説明板にあるものです。)


磯永彦助 留学に当たっての変名:長沢 鼎 出発時13歳
幼少のため勉強の科目を決めなかった。ただ一人,スコットランドの古都アバティーンへ写る。慶応3年(1867)7月渡米,以来生涯をアメリカで送り,広大なぶどう園の経営とぶどう酒製造につとめ,ぶどう王と呼ばれた。


 昨年の10月27日付けのブログで,学校の近くにある誕生地の写真と市の説明板をアップしていますのでそちらもご覧ください。

 市の説明板の写真の説明に長沢鼎がないのでビックリしました。留学生達は渡欧にあたり全員変名を名乗ったわけですが,磯永彦助は「長沢鼎」を名乗り,これ以後一生これを変えることはなかったそうです。

 長沢は留学生の中でも著名な一人ですが,ウィキペデアに書かれていることを改めて要約してみました。


 鹿児島城下上之園通町(現在の鹿児島県鹿児島市上之園町)にて磯永孫四郎とフミの四男として誕生する。
 1865年(慶応元年),13歳のときにイギリスに留学する。
 他の留学生はロンドン大学に入ったが,長澤は年齢が入学年齢に達していないために,スコットランドのアバディーン・グラマー・スクールに通う。貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの実家に世話になるが,藩の財政事情が悪化し多くの薩摩藩英留学生が帰国すると,慶応3年,トマス・レイク・ハリスを信奉していたローレオンスリファントの招きで森ら6名で渡米し,ハリスが主宰するキリスト教系の新興教団「新生社」に入り,信者らと共同生活を送る。
 薩摩藩留学生のうち何人かはハリスの思想に違和を感じてすぐ離反したが,長沢は森有礼らとともに残り,森らが帰国後も唯一人アメリカに残り,教団で厳しい労働と信仰生活を送りながら,1870年には9月から3か月ほどコーネル大学にも通った。教団の経営のためにワイン醸造をニューヨークのブルックリンでジョン・ハイド博士から学び,葡萄農園を中心とする農業で財政を支えた。
 1875年,教団はカリフォルニアのサンタローザにワイナリーを開いた。しかし新生社の異端思想に対し,新聞が反教団キャンペーンを行ったために,ハリスが引退すると教団は事実上解散した。
 1900年長澤はワイナリーを教団から買い取り,品質向上に努力し,彼のファウンテングローブ・ワイナリーをカリフォルニア州10大ワイナリーのひとつにまで育て上げた。カリフォルニア大学デービス校の教授に醸造技術を学ぶなど研究を続け,高級ワインに育て上げた上に,フランスには特約店を設け,苗木を輸入するなど,商才にも長けていた。彼のワインは米国内のワインコンクールで好成績を納め,イギリスに輸出された最初のカリフォルニアワインもナガサワ・ワインである。
 生涯独身を貫き,83歳で死ぬと,ワイナリーは甥の伊地知共喜が継ぐ。


 彼の生涯はアメリカでも再評価され,サンタローザの市議会ホールに長沢の胸像が置かれ,レーガン大統領の讃辞が添えられているそうです。

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2015年4月25日 (土)

トウオガタマの花

本校にはトウオガタマの木が2本あります。1本は二中時代からあるらしい老木,もう1本は若い木です。オガタマは漢字では「招霊」と書き,神木とされて神社の神域などに植栽されている例がみられるようです。本校にある木は日本原産のオガタマとは別種で,トウは「唐」と書き中国原産だそうです。
写真は北校舎グランド側にある若いトウオガタマの花の様子です。花にはバナナのような独特の甘い香りがあるのが特徴とのことです。(私はそこまで感じなかったけど・・。)

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今年度最初の土曜授業

本校では昨年度から土曜授業を年間を通じて実施しています。今年度は16回実施する予定ですが,今日はその1回目。生徒は1~3学年とも通常通り登校し,通常通りの授業を受けています。(土曜日は4限授業です。)

写真は上から1枚目:登校風景 2枚目:3年生の数学の授業の一コマ  3枚目:2年生の生物の授業 4枚目:1年生の数学の授業 の様子です。

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2015年4月24日 (金)

「学び台湾」保護者説明会

夕方17:30から生徒海外派遣事業(めざせ‼ 21世紀薩摩スチューデント)のうち1年生を対象とした「学び台湾」事業の保護者説明会を開催しました。60組を超える生徒と保護者が参加し,校長先生,担当の先生からの説明を熱心に聞いていただき,参加された皆さんの意気込みを感じました。希望者は志望理由書を提出し,書類選考と面接を経て,5月末には台湾派遣メンバーが決まります。

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